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関昌寺寺叢 町天然記念物
関昌寺は天正(1583)下条康長によって瑞光院の三世万休和尚を招き建てられた。参道がつづき、杉や桧を主とする木々の生いしげる寺叢がある。
瑞光院
関氏二代目盛国は、父盛春の菩提を弔うため伊勢国にある古刹瑞光寺にちなんで創立した念仏堂。
古城八幡社
下条頼氏が最初に居城した城。周辺は直立的な山が多く、いわば天然の要害の地であった。
時は戦国の世、この阿南の地でも関氏と下条氏との抗争が繰り返されていた。下条氏とは武田の流れを引く甲斐源氏で、応永元年(1394)富草の古城に城を構え、その後下條の吉岡城に移り住む。一方、関氏は文安5年(1448)、伊勢国から戦乱を逃れて新野に移り住む。関氏の繁栄は目覚ましく、5代盛永は城を三つも築くほどだった。しかし、盛永の悪政に家来たちはサジを投げ、下条氏も加わり、天文3年(1544)ついに関氏は滅びることになる。天文23年(1554)信玄は伊那谷へ侵攻し、各地の郷主たちは武田の配下となる。
抗争は全国規模へと展開し、その後時代は織田・徳川へと変遷していく。
これらの出来事は、天龍村坂部の旧家に残る400年間の家系伝記「熊谷家伝記」に書き綴られている。
戦国の世に咲いた鎮魂の寺
阿南町名物
近隣の厚い信仰を集める
下条氏最初の居城