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文豪島崎藤村の生まれた馬籠から東へ直線距離にして約30qの下伊那にある阿南町は、長野県の最南端に位置しています。北部は飯田市へとつながり、南端を愛知県と接し、静岡県とは天竜川を挟み赤石山脈を境界線として接しています。阿南町の歴史に武田信玄や織田信長、徳川家康の名前が頻出するのは自明の地理条件なのです。
しかし谷や峰々、急斜面の多い森といった山深い溪谷美を前にすると、そこで繰り広げられる芸能や祭りの多彩さが、なにゆえに花開いたのかと疑問に感じます。
実は愛知県、すなわち三河地方文化と接している立地条件が阿南町を北部長野県とは別の文化圏にしたてあげているのです。奈良や京都、伊勢などの影響を受け、三州街道(国道153号)、阿南町を南北に貫く遠州街道(国道151号、現在では通称「祭り街道」と呼ばれています。)、天竜川左岸の秋葉街道で、これらの街道は東海道方面から伊那谷に至る主要な交通の役割を果たしてきました。必需品の塩は「塩の道」を作り、やがて経済道路となり、修験者や山伏、僧侶、芸能集団などが行き交う道筋となったのです。
阿南町は北から富草(とみくさ)、大下条(おおしもじょう)、和合(わごう)、新野(にいの)といった旧村の地域から成り立っています。 こと新野は、愛知県側からも飯田市方面からも狭くて険しいつづら折りの山道を越えてやって来ると、突然目の前が開ける高原となっています。つまり宗教や芸能などが吹き溜まり、多彩な文化が花開く格好の舞台となったのです。