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犬坊の墓

井上靖の小説「犬坊狂乱」の題材

阿南町を語る時に欠かせないのが戦国武将の関氏(せきし)と下条氏(しもじょうし)の対立です。井上靖の小説「犬坊(いぬぼう)狂乱」の原案となった有名な話があります。
犬坊の墓.jpg 
犬の首を頭にのせた「犬坊の墓」
権現城(和和野城).jpg 
権現城 別名"和知野城"と呼ばれ、関氏最後の砦。天文7年から居城した。

関氏は和知野川から南の下郷5ケ村を所領としていましたが、高冷地が多く、実りが少ししかありませんでした。そこで戦を重ねて大下条周辺の18ケ村を領土に加えました。最後の領主となった関新蔵盛永(せきしんぞうもりなが〉はわずか5年間で三つの城を築くほどの勢いで、おごりたかぶっていました。鹿狩りと称して山中の木こりや旅人を鉄砲で撃ち殺したり、築城においては石材を運ばせたり(延ベ3120人を使った記録が残っています)、怠ける者にはバラの刺を打ったりしました。盛永は一族の重鎮たちの申戒めにも耳を貸さず、年貢を厳しくとりたて、嫁とり婿とりなどの婚礼にも税をかけたために、配下の武士からも領民からも不満が高まっていきました。こうした関氏の事情を知り、下条氏は天文13年(1544年)に月見の宴で酔いしれていた盛永の最後の居城・権現城〈ごんげんじょう)に夜襲をかけました。城内には敵方に寝返る者も多く、盛永に目をかけられていた18歳の若者の犬坊は、すでに盛永が持つ刀の目釘を抜き、弓の弦を切って台所の釜の陰に隠れて待っていました。犬坊は槍で盛永の右脇腹から肩先までを突き、その傷がもとで息絶え、家来の坊主が火を放って落城させました。
犬坊は盛永をしとめた手柄に下条氏から大小の刀、米12俵の目録を拝領して意気揚々と帰ってきました。ところが突然狂いはじめ、どこからともなく現れた白いまだらの犬に向かって「盛永殿が出た」とわめきながら刀を抜いて犬と戦ううちに足を滑らせました。すかさま犬は犬坊に飛びかかり、喉笛を噛みきりました。人々は恩をこうむりながら主君を殺した報いだと語り伝えたということです。

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